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KONA WIND 〜 iBS外語学院長・南徹ブログ
中国人留学生との餃子交流から
夜の日中文化交流花火大会まで
数時間のゆとりがあったので
皆と共に
昔懐かしい江口の浜に立ち寄った
偶然にも
学院生の1人の母親が
犬の散歩を楽しんでいた
数年前に
天国に旅立った
とっても可愛がっていた
ゴールデンリトリバーの
ララそっくりのワンチャンだ
一瞬思った
ララが帰ってきたと・・・
わけもわからず
涙がこぼれてきた
日中国交正常化から50年
鹿児島市と中国ので長沙市の
姉妹都市盟約から40年
戦前中国は大連の町に生まれ
鹿児島市議であった竹之下隆治氏は
友好の絆として
日中文化交流花火大会を発案した
その日から30年
毎年恒例の花火大会となった
ある年から
コロナや様々な障害で
数年間は閉会となっていた花火大会
今年は氏の祈りが届いた
多くの人々の縁の下の力持ち
見えないボランティアの支えで
開催に至った
11月は冬の花火
過去のどの花火よりも美しく見えた
餃子作りを共にして
共に食す
日本の大学に学ぶ7名の中国人学生と
iBS外語学院生が笑顔いっぱいの文化交流
政治の偏見を超えて
人と人の和と輪
青春の花が

満開の1日となった
鹿児島市喜入中学校で
講演の機会を頂いた
全校生230名ほどの中規模中学校だ
広い行動の床に
礼儀正しく
全校生総出で
静寂の中でお迎え頂いた
目を輝かせながら
一生懸命にメモを取り
列を乱すことなく
始めから終わりまで
耳を傾けてくれた
最後の質問タイムで
たくさんの手が挙がり
講演者冥利に尽きるひと時であった
鹿児島市と西オーストラリア州パース市の
姉妹都市盟約の契りから48年の歴史が流れた
1982年来40年50回を超える
僕自身の国際交流が始まった
コアラの誘致
鹿児島市政100周年記念行事のための
州立劇団の招聘
日本の花火のプロモーション
TAFE &UN I交流
留学生派遣などなど
前々赤崎市長市政
前森市長市政と
ありとあらゆる外交プロモーションに携わった
そしてコロナの襲来
ほぼ3年近く
渡豪が遮断された
今年こそはと
閉ざされていた
パース市への短期留学研修を
再興するに至った
先ずは手始めに
恒例の鹿児島市市長表敬
大人数の表敬は無理との事で
代表の5名に参加してもらった
かしこまって礼儀正しく
野島さんの挨拶
そして
大勝君がパース市長への親書をお預かりした
のちの談笑の中の
ウイットに満ちた市長の問いに
学院生は笑顔で立派に答えていた
出発まであと2週間足らず
出発までが緊張の日々だ
学院では
少し早いハロウィンのお祭りを祝った
ハロウィンはメタパースの世界
仮想現実を現実の姿に装って楽しむ
画面の中の
有り得ない世界
人間の好奇心は
止む事を知らない
頭の中だけだった小宇宙が
現実の世界に飛び出してくるのも
時間の問題だ
ハロウィンを祝いながら考えた
夢か現実か
昨今の人類は
常識を超えて凄い人物が多い
今日は62才のロータリアン
宮﨑陽市郎氏が
北は宗谷岬から南の果て佐多岬まで
2750kmを自転車で走破した
東京は三鷹ロータリークラブ所属で
時期R ID2730のガバナーとなる人物である
この世から
小児麻痺(ポリオ)がなくなる事を願って
走り続けた
今日の午後1時に完走到着との事で
佐多岬まで赴いた
透明な秋空
佐多岬の海も
紺碧の青が宝石のように美しかった
宮﨑さんバンザイ*\(^o^)/*
そしておつかれさま
今年も中村氏の講演会
200名を超える聴衆が
会場一杯に溢れた
中村氏の次男日向君のスピーチ
「郷中教育を英語で語る」
素晴らしい発表に父親の涙
僕の方からのご挨拶
そして中村氏の90分の講演
鹿児島国際交流センターの多目的ホールは
熱気と感動で溢れ
時の流れを忘れてしまった
屋久島は父と母が内地から渡り
愛を育んだ島
そして僕が生まれた
祖父が他界し
父もあの世に旅立った
父と母の思い出の島
父が他界した後
屋久島に住むことを決意した母
家を造って50年を超える歴史が流れた
母は歩けなくなりケアーハウス住まい
僕が家を守る事になった
ゴーストハウスにならないように
1ヶ月か二ヶ月に一回は家に帰り
草刈りに掃除
夏は学院生の研修の場
それでも家は朽ちる
人が住まない家は生き残れない
今回は7人の仲間に
シラアリに襲われた
家の床を張り替えてもらった
ありがたい仲間だ
感謝いっぱい
また家に命が蘇った
家は人と共に生きている
学院卒業生がまたまた帰ってきた
思い出を語り合うために帰ってきた
皆んな一生懸命に生きている
仕事をするために勉強したのではなく
勉強するために仕事している笑顔だ
そんな仲間が懐かしくて
南の果ての鹿児島まで帰ってきた
皆んな皆んな
僕の宝物だ
大切な大切な宝物だ